はぐくみの経済

 

古来から、人間は小宇宙であり、宇宙の縮図であると説かれてきました。

経済の流通システムは人体の血流に例えられています。

人間性を回復し、自然と調和した新しい時代を牽引する新たな経済観を求めていきたいと思います。

 

~歴史は繰り返す~     2010年6月6日

 

「歴史は繰り返す」と言いますが、歴史はある一定の数理的サイクルでらせん状に繰り返しているとの諸説があります。例として65年から70年を一つのサイクルとして考えてみるとよいと思います。人間一人の現役人生と捉えると分かりやすいですよね。

 

今年は2010年ですので、終戦から65年、ちょうど1つのサイクルを迎えていることが分かります。明治維新からですと2つのサイクルになります。大化の改新からは20サイクル、鎌倉幕府から12サイクル、室町時代から10サイクル、江戸幕府樹立からは6サイクルとなっています。

 

さらにその歴史の1サイクルを分類すると4つの時代に分類できるといいます。それぞれが17~18年でバトンを引き継いで、歴史をつくっています。戦後は何もないところから、新しい価値観を創造する人々が注目を浴びる時代、その後は経営者が活躍する時代、さらには効率的に管理する人物が注目を浴びる時代に入りました。その後は現状をぶち壊す人物が注目をあびる時代となっています。歴史のサイクルは、らせん階段状に繰り返していき、一周回ってきたときには必ず一段上がっていきます。

 

現在私たちは、しっかりと管理する基盤を持ちながら、現状をぶちこわし既成概念を打ち破り、新たな進化を遂げ、活躍できる時代にいるのではないでしょうか。チャンスを生かして、既成概念から自由になり、一段らせんをクリアして、何もないところから新しい価値観を創造していきたいですね。

 



~信頼を流通させよう~      2010年6月6日

 

右の古文書は、元治元年(1864年・ひとつ前のコラムでお話しした歴史のサイクルで計ると146年前、ちょうど2つのサイクルと少し前)ある士が藩主より授かったものです。当時の公務員の俸給に当たる文書だと思われます。(米45俵と書かれてあるようですが、ちなみに1俵は約60kgです。同時代、あの福沢諭吉の俸給もまだ無名だった当時は100俵ほどだったようです)2つのサイクル前の幕末期に流通し、信頼されていたのは、紙幣ではなく、お米でした。

 

私たちはたった2つのサイクルを元にもどるだけで、紙幣以外の価値が信頼されていた時代に溯れるのです。

 

キーワードは「信頼」

 

世の中が進歩すればするほど、ストレスが私たちの気の流れを停滞させ、未病(いつ病気になってもおかしくない状態)にさせているように、成長が飽和状態になり、いかなるビジネスも「信頼」の基盤がなければ血流が滞り、流通しない時代にさしかかっています。

 

日本に銀行が設立されだしたのは1870年、日本銀行が創立されたのは1882年です。明治維新期、お米が基軸通貨だった時代から紙幣が信頼される時代へらせんを一段上がりました。劇的な変化を遂げたのですね。しかし敗戦により65年前から「ドル」という最強の国際通貨が一人勝ちしはじめ、1段らせんを上がったはずも国際市場(マーケット)が一人歩きし、今まさに崩壊の危機に瀕しています。

 

2つのサイクルを元に帰ると、「信頼」に裏打ちされた「米」の時代。2段らせんを上がり、今この変革期にふたまわり賢くなった人類が「信頼」に裏打ちされた新しい流通を創造していく時代に差し掛かっていることがわかりますね。

 

 

経済をはぐくむ意識

久しぶりに「はぐくみの経済」に文章をアップしました。
右の1円札に描かれているのは、(戦後は立場を失っていますが)遠祖といわれている古代の名大臣、武内宿禰です。

 

母性的な意識の成長に合わせて、マクロ的な運営意識の変遷をたどるのも平等な選挙権を有する女性の責任と受け止めています。

2010年9月には842兆円だった日本の借金は膨らむばかりで、2013年1月現在では、930兆円にもなろうとしています。この事態は、問題を解決できない政治家に投票している国民ひとり一人の責任でもあります。

 

しかし、個人金融資産は1,500兆円、日本全体の金融資産は2.800兆円にものぼります。その資産を有効に活用して問題を解決の方向に導くことも可能なのです。


上は明治中ごろに発行された1円札ですが、当時の1円は、ざっと今の2万円、戦前(昭和初期)の1円はざっと今の5千円、戦後復興を果たしつつあった昭和30年代は10円の価値がありました。平成になって失われた20年といわれるデフレの間、1円の価値はフラットで逆に上昇しつつあるように思いませんか?

 

あなたは、5,000円を家の金庫に大切に保管していた人が30年後に10円分しか消費できない国に住むのと、5,000円持っていれば老後きっちり5000円消費できる国に暮すのとどちらがよいですか?

5,000円投資しても将来5,000円分消費できないような年金システムに投資する若者が減っているのは合理的行動です。戦後の高度成長が尋常でなかったのであり、老後の社会保障の充実が何より安心の基本なのではないのでしょうか。

 

責任意識がきっちりと確立された人たちによる、理念溢れる経営が今こそ国家に求められているのです。

 

精進と経営

「経営する」とは、仏教では「高い理念を持ってまっすぐに精進すること」を言うそうです。

「精進する」とは、精魂込めて推進することです。

 

私にとって、人生をどのように生きていくのか経営することは、使命の成就のために精魂込めて推進することでもあります。

 

敗戦後の日本では、宗教、哲学、道徳、倫理など理念を学校で教えることは「思想教育」というプロパガンダで貶められ、徹底して排斥されてきました。そのなかで育ってきた私たちは、 生きることの目標も、人生の価値も見えにくくなってしまっているのです。

 

「経営」の意味も合理的、経済的価値の追求に重きがおかれ、本来の「人生を経営する」意味が分かりにくくなってしまっています。

 

せめて自分たちが愚直に、真摯に精進して生きる後ろ姿が、家庭での教育となるよう心がけて日々を過ごしていきたいと思っています。

はぐくみのあった江戸社会

~はぐくみのあった江戸社会~

 

江戸時代、武士は土地を所有していませんでした。

武士の知行地としている土地の所有者は村人で、武士が持っていたのは年貢の徴収権だけでした。

 

江戸時代の根幹となっていた制度における武士の責務は、金銭的利益の追及と相反していましたので、武士としての礼節を守る志が重んじられていました。

 

ご縁のあるご先祖の録高は、現代の価値に換算すると驚くほど薄給に感じられます。ほかに手当はあったようですが、たいていの武士は、貧しく、礼節をわきまえることを信条としていました。

 

開国後、わが国では欧米化し、便利で豊かになった面ばかり、喧伝されていますが、利権を貪る現代の指導者たちの堕落ぶり、搾取ぶりを見ると、考えさせられちゃいますよね。一握りの既得権者が豊かになる社会の仕組みには「愛」が感じられません。

 

江戸のまちの主役である商人たちの考えの基本には、自然が主で、自然に生かされている人間は自然に従うべきだという「草主人従」の考えかたがあり、多くを貪らずに、長く安泰で、安心して暮らせる共生のまちを営んでいました。

 

当時の江戸を訪れた外国人の記録からは、「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。本物の平等精神、われわれはみな同じ人間だと心底から信じる心が社会の隅々まで浸透している」、「この国には平和、行きわたった満足感、豊かさ、完璧な秩序、そしてどの国よりもましてよく耕された土地が見られる」と江戸の様子が紹介されています。

 

2010年10月

 

 

はぐくみ

日本の借金は842兆円を超え、一世帯当たりに勘案すると1600万円にもなろうとしています。

企業であれば、経営を抜本的に変革しなければ立ちゆかぬ状況にあるためか、ここのところ総理大臣が頻繁に変わっていますね。国が企業のように倒産しないのは、融資(国債の引受)が受け続けられるためです。ここには日本国が破たんすると思っていない国民の集合意識が大きく作用しています。

1400兆円もの金融資産の裏付けがあるから大丈夫という論理を受け止めて、温かく見守りつづけているのが国民です。

 

この状況は例えて言えば、成人した息子が、家の2800万円の預金をあてにしながら、1700万円の債務超過を「へ」とも思わず、無担保で借金をし続けている状況です。老後の資金にとこつこつ貯めてきた「虎の子」を守りながら、浪費を繰り返す息子をじっと見守り、「入ってくるお金だけで生活するのですよ」。などと言いながら不況下で収入ののびない息子の未来をはぐくむ親のようですね。

 

今も昔も日本の国は、純粋に家族を思う多くの良民に支えられ続けているのですね。

 

2010年9月