中庸とゼロ・バランス

中庸を保つ努力が自然に身についてきたなら、「ゼロ・バランス」との調和を願いましょう。


私たちは自然界の中に生かされています。自然界は常にゼロ・バランス化し、安定する方向に働きます。ゼロとは何もないのではなく、安定している状態です。どちらかに偏っていれば、相反する側はそれを安定させようとします。調和を志向するはぐくみのエネルギーが、ゼロ・バランス・エネルギーです。

意識して願うことは、とても大切です。私たちには願いを叶える能力があるのですから。

人間性の回復とはゼロ・バランスに調和し、中庸を保つ状態に成長することをいいます。
たゆまず歩み続けてゆきましょう。

中庸と自律意識

ふだんはバランスを保ち、中庸であることに心がける日々を過ごしていても、ときの流れの中で、潜在意識が突然自律的に反作用を経験することがあります。近年、気候変動、地震活動、火山活動などが活発になっているように、潜在意識も自律的に荒れ狂う波となることがあるのです。

 

自分ではコントロールできず、自動的に働く意識世界は、大自然に対して調和的に、これに逆行するものに対しては反作用的に働きます。反作用が働くと、不調和な意識を矯正する浄化作用が起こり、精神的には「禊を受ける」心の状態が表われます。

 

荒れ狂う嵐をおさめる意識で、荒波に身を任せつつも、呼吸を整え、無意識に招いた不調和に自らの不足を心砕きながら、自然との調和を回復してゆく主体的な努力が再びバランスした心と体を取り戻します。

中庸という超覚醒

孔子は論語で、「中庸の徳たる其れ到れるかな」と述べています。不足でもなく、余分のところもなく、ちょうど適当にバランスよく行動できることが人徳として最高のものという意味です。

 

何かにとりつかれた様に過度に覚醒した状態(ハイ)になることはありませんか。誰かを目の敵のように嫌に思ったり、何かに執着したり、過度に正当性を主張して相手を追い詰めたりしていませんか。自分が有利な立場に立つことで高揚した気分になることはありませんか。

 

かつて職業軍人だったという知人にお伺いしたことがあるのですが、アジアの激戦地から終戦後帰還し、しばらく経っても、床に就き眠りに入ったあと夜中突然目覚め仁王立ちし、軍刀を振りかざし敵に立ち向かい、戦地にいたとき同様猛々しい状態になってしまう自分にずいぶん悩まされていたそうです。戦後生まれ育ったわたしたちには、このような体験はありませんが、遺伝子に刻まれたトラウマから何かのきっかけで無意識に即戦いに備える反応に陥る機会があるかもしれません。この反応こそ敵と味方、白と黒、善悪などの二極を分けたまま社会を維持している過覚醒の成長段階です。私たち日本人は先の大戦への自戒のプロセスを超え、世界をリードして過覚醒を卒業して、世界の平和のために貢献できる立場にあります。

 

中庸を保つ習慣が身につけば、自分の過覚醒状態を見抜き、自戒することができます。中庸の意識状態は、過覚醒状態を超え、より進化成長した段階にありますので、中庸な自分は、過覚醒の自分から離れたところからもう一人の幼い自分を戒め、諭すことができるのです。

 

いつも中庸であることを心掛けましょう。

 

 

中庸であること

未来をはぐくむ真の母性は、中庸であることを志向します。

 

日本の終戦から70年経過した現代においても、自らの正当性を主張し、他を批判し、裁き、お互いを傷つけ合うあり方が社会に充満し、対立から争いを、悲劇を生み、子どもたちの純粋さを利用し続けています。

 

生命を産み、はぐくむ女性たちこそ率先して、自らの意識を中庸に保つ責任の大きさを思います。

第3のあり方・中庸(ニュートラル・スタンス)の実践には困難、苦悩、勇気が伴います。歴史や表層を理解し、上下、左右、裏表を受け入れるバランス感覚が必要です。自らの未熟さを正す謙虚さと愛に根ざした心配りが欠かせません。

いつも中庸であることに責任を持ち続けましょう。

勧善懲悪の自律意識

自律神経とは、心臓を動かしたり汗をかいたり、自分ではコントロールできない自動的に働く神経のことですが、我々には、自分ではコントロールできず、自動的に働く意識世界があり、潜在意識といわれていますが、これは自律意識とも呼べます。

 

この「自律意識」は大自然に対して調和的に、これに逆行するものに対しては反作用的に働きます。太陽の方向に合わせて周る大輪の花のごとく、自然と一体化していくイメージを持つと分かりやすいと思います。反作用が働くと、不調和な意識を矯正する浄化作用が起こり、精神的には「禊を受ける」心の状態が表われます。

 

反作用が働く時、自分自身の内面に、勧善懲悪・悪を懲らしめ、善を勧めバランスをとっていく心の状態が表われ、静かに、ときには涙とともに内面の闇を流し去り、浄化していく機会に恵まれます。

このような機会が訪れたら、成長進化の大チャンスと捉え、おだやかにじっくりと浄化に専念しましょう。

自律意識による調整

「自律意識」は大自然に対して調和的に、これに逆行するものに対しては反作用的に働きます。

 

自律意識の働きが、個人から家庭、地域、国へと拡がってゆくとき、私たちはしばしば大きな単位で反作用、すなわち「禊」を経験することになります。「歴史は繰り返す」と言われますが、栄華を極めた文明が崩壊の憂き目をたどる趨勢に、「反作用の働き」を学んでこなかったのは残念なことです。

自律意識が地球規模で働くと、地球自体に自浄作用がおきることもあります。

そのような大事に至る前に、個人が自らの小宇宙において、自律意識の働きから真摯に学びを得て、未来につなげていく機運を高めたいと祈念しています。

 

 

 

罪悪感と自律意識

自分の罪悪感に反作用が働くとき、作用の強さはその人の責任意識の強さに比例し、深い禊の状態を経験することになります。そのときこそ謙虚に悔い改めることのできる絶好の機会なのです。

 

なぜ、反作用がときには自分自身を破壊するほどの強さで跳ね返ってくるのか・・・静かに考えてみましょう。

自分が超えることができる罪悪感について、想像できる範囲まで自我(エゴ)の領域を拡大してみてください。宇宙意識に立つ私たちの自我(エゴ)の規模が拡がれば、超えていくことのできる罪の領域も宇宙的に拡大していくことに気がつきませんか?

 

そうです。少しずつでも着実に責任意識を拡げて、厭わず、惜しみなく未来に貢献していきましょう。

自律意識の働き

動悸が激しくなったとき、腸が悲鳴をあげたとき、激しい悪寒に襲われたとき、あなたが、それを単なる体の不調と捉えるのか、自律意識の働きと気づくのかは、あなたの自我機能の発達と成長、別の言葉で言うとあなたの判断能力、責任能力にゆだねられています。

 

体と心(思考)と心(感情)は、互いに密接に関係しています。

自律神経の働きにおいて、「闘争と逃走の神経」といわれる交感神経の興奮が続いた時の体験を思い出してみてください。体は緊張し、思考は活発になり、ときにはちょっと妄想的になり、感情は怒りや不安に覆われ易くなりますね。交感神経が極端に偏って働くようになると、自律神経のバランスがくずれ、その結果、ときには活動させ、ときには休息させるという各器官のコントロールがうまくいかなくなり、さまざまな体の不調があらわれます。

自律意識の働きもこれに似たイメージを持つと分かりやすいかもしれません。

反作用が体と思考と感情に及ぼす変化が、しばしば交感神経の興奮状態を引き起こすこからともいえます。

 

ですから、一過性の興奮に捉われず、バランスを取っていくことで、心の状態を平穏に保ち、不動心で不安や怒りを超越することが寛容です。

 

交感神経の機能が内臓の調節に欠かせないように、自律意識の反作用も、宇宙の維持に欠かせない機能なのです。バランスを取って、宇宙意識に目覚めた私たちにゆだねられた小宇宙の統合を進化させていきましょう。

自律意識への統合

私たちの集合意識がつくりだしている現実社会の潮流も、一人ひとりが意識の変容を志向し、成長を積み重ねるにつれ、対立から統合へと徐々に移行していきます。自律意識の働きに気づいたら、その働きとバランスをとりながら、自然と調和する方向に志と実践を統合させていく努力の積み重ねは、小宇宙を受け持つ個人の責任にゆだねられていることを理解してください。

 

対立したまま、一方を善とし、対極を悪とする陳腐な社会感を統合する機会は、自律意識との調和をとおして小宇宙の構造に託されているのです。それは、誰がしてくれるのでもなく、あなたの責任においてあなた自身により行われることです。

 

自律意識の働きは、しばしば、「死と再生」という言葉に表現されるような、過酷な体験を伴わせます。

そのプロセスを真摯に乗り越えていくとき、私たちは、自然と調和した宇宙の構成要員としての喜びに満たされるのです。