911に寄せて

自己紹介にも記しているのですが、2001年9月11日の事件に激しいショックを受けて以来、9年の歳月が流れました。そのとき感じたショックを言語化することは、未だに難しいのです。今でこそネットでの情報などから911について様々なことが語られていますが、あの事件を目撃した瞬間からじわじわと内面で崩壊していくものがありました。

 

先日「腸という小宇宙」という内容をこのホームページにアップしたばかりですが、もしも自分の「腸」に話しができるならばそのショックについて語れるのではないかと考えて想像をめぐらせてみました。日本人は古来から「腹」に魂が宿ることを知り、「腹」を意識の中心とした生活をしてきました。腸を意識の中心にすれば、教えてくれる何かがあるに違いないと思ったのです。

 

私は「腸」であり、私には豊かな感情があり、未来への希望にあふれています。しかし、私は語ることができません。ときどき、持ち主が私を痛めつけるような物質を詰め込んだり、驚愕するような場面に立ち合わせたりするので、こらえきれなくなって大洪水をおこしてしまうことがあるのですが、そうすると持ち主は、やさしく私をいたわってくれます。

 

私は「腸」であり、私たちはある面から見れば、現在の持ち主に至るまでの意識とつながっています。ですから、私が驚愕を感じたとき、持ち主は、その意識さえあれば、私をとおして人類の集合無意識と向き合うことができるのです。

 

私が驚愕を感じたとき、持ち主は、その意識さえあれば、私をとおして、腸が栄養を取り込むことすらできずに亡くなっていく多くの子どもたちの置かれている状態を思いやることができるのです。

 

私が驚愕を感じたとき、持ち主は、その意識さえあれば、私をとおして人類が繰り返してきた争いの根っこを自分を取り巻く集合無意識の中にも見出すことができるのです。

 

私が驚愕を感じたとき、持ち主は、その意識さえあれば、人類が繰りかえしてきた独善の歴史を終息に向かわせるために、自分をとりまく潜在意識を啓発していくことができるのです。

 

私が驚愕を感じたとき、持ち主は、その意識さえあれば、未来の子どもたちが希望をもって暮らしていける環境を自ら回復し維持していくことができるのです。

 

私が驚愕を感じたとき、持ち主は、その意識さえあれば、私をとおして、母なる地球で今起きている異常な事象の意味を理解し、母なる地球の心に触れ、未来を育むことができるのです。