2011.3.11を巡る意識の変遷

2011.3.11を前後する意識の変遷を思い起こせば、大きな転換と成長を迎えていました。

日本全体が意識の覚醒の大きなうねりを経験した、2011年1月~7月までのブログを収納しました。 

 

あなたは今幸せですか?

「あなたは今幸せですか?」

 

ある機関で世界14カ国の若者を対象に調査を行ったところ、14カ国の平均それぞれ43%(16~34歳)、57%(8~15歳)に対して、日本は最下位、8%(16~34歳)、13%(8~15歳)という飛びぬけて低い数字を示したといいます。戦後、驚異的な復興を成し遂げ、経済大国としての地位をゆるぎなくした我が国の多くの若者は今、まるでその生きる意義や価値を見失ったかのように見えています。 多くの大人たちは若者たちの置かれている現状を憂いを込めて語りますが、その問題の原因を外に探ろうとしている限り本質を見つめることは決してできないでしょう。

 

日本では、赤字国債は財政法で原則として発行できないため、歳入欠陥が生じたときは、毎年特例法を制定して発行しています。1984年度までは、10年間の償還期間を守って全額返還されていました。しかし1985年の特例法から、赤字国債は60年償還になり、他国にも例を見ないその決定後、借り換えで残高が膨張し続けています。国民には住宅ローンを35年で返済することを条件付けながら、自分たちは借金を返済せず、次世代に先送りしている指導者たちの責任は大きいとは思いませんか?前述の調査の結果が「失われた20年」さらに「先が見えない未来への不安感、不全感」に覆い尽くされた「うつ」の時代を生きる親、その親を思う子たちの実感を客観的に示していることを理解している大人は少ないのではないでしょうか。

 

総人口70万人足らずのアジアの小国ブータンでは、国王が提唱し、政府は国民総幸福量の増加を政策の中心としています。国民総幸福量( Gross National Happiness, GNH)は「国民全体の幸福度」を示す”尺度”であり、国民総生産(Gross National Product, GNP) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものです。幸福という一見非常に主観的に聞こえる概念を国の政策に取り込むことを疑問視する多くの先進国学識者たちを尻目に「国民総幸福量」というヴィジョン達成のために、ブータン王国は官民一体となって本気で取り組んでいます。ブータンの多くの人々にとって、幸せについて自発的に考えることが精神的豊かさへの感性を高める手段となっているようです。国民総幸福量には4つの主要な柱があるとされています。持続可能で公平な社会経済開発、自然環境の保護、有形、無形文化財の保護、そして良い統治です。経済成長は幸せを求めるために必要な数多い手段のうちのひとつでしかない。ブータン人の多くが信奉しているチベット仏教は、金銭や物質に対する欲望を克服するように説いています。

 

日本人は物質的な豊かさをある意味謳歌してきましたが、今、その万全感の喪失を味わっています。与えられた体験を通して執着を手放していくことが意識の成長過程であり、精神的により成長した人になり、全ては相互に依存しあっていることの自覚のうえにエゴ(自我の肥大)を脱し利他の精神を発揮することが望まれているとは思いませんか?

 

ブータンの人々が高く保っている精神性を今、私たちの多くは忘れてしまっているかのように見えますが、利他の精神(全ての生きとし生けるものに対する思いやりと親愛の情)は、魂の故郷を同じくするアジアの人々が本来共通して発揮できる精神性であり、真性です。

 

地球意識・宇宙意識に立つ私たち、ちいさなひとり一人は、人間総幸福量(Gross Human Happiness,GHH)を家庭を治める政策に掲げて暮らしましょう。

難しいようで単純なことです。まずは、自分が健康で笑いを絶やさぬこと、そして、身近な家族が平和で幸せに日々の生活を過ごせるように努力することです。子どもたちは、経済的な豊かさを幸福の尺度とせず、貧しくとも今日一日を心豊かに暮らす家族の背中を見て育つのですから。

 

211に寄せて

昨日211日は建国記念日でしたね。戦後の歴史教育では、まるで忘れられたかのように扱われていますが、建国記念日は、日本の初代天皇である神武天皇即位の日を記念して制定されています。

 

近年インターネットの普及に伴い、歴史文献に隠された謎が、国をまたぎ、多くの古代文献からも解明されつつあります。生家のご先祖が古代(神代)文字を伝えたといわれていることからも、歴史の陰に埋もれる真実追求へのロマンは尽きません。

 

さて、大和の国から世界に分散した古代イスラエル12氏族の内、南朝ユダ2氏族と北朝エフライム10氏族が争い続けながら大和の国、日本に元帰りしているという歴史観があります。

 

旧約聖書の創世記には、紀元前20世紀頃、信仰の父として敬われたアブラハムの話が登場します。その孫ヤコブは別名イスラエルとも呼ばれ、ユダヤ人の祖となりその12人の子どもたちがイスラエル12氏族を形成することになりました。

 

この後イスラエルの民は栄枯盛衰を繰り返し10氏族から成る北朝イスラエル王国と2氏族からなる南朝ユダ王国に分裂してしまいます。紀元前722年、北朝イスラエル王国は崩壊し、アッシリヤにより滅ぼされ東に強制移住させられます。そのたくさんの民はどこへ行ったのでしょうか?国家を失った民は、イザヤの預言に従って西アジアより日本に移住を開始し、日出ずる大和の地に結集し、およそ60年後にあたる紀元前660年の旧正月、211日に神武天皇が初代天皇として即位し、日本の歴史を築く礎になったようです。

 

神武天皇の別名「カムヤマトイワレビコノミコト」はヘブライ語で「神(ヤハウェ)の民であるユダヤ人が結集して誕生した栄光」と解釈できるそうです。

 

北王国の崩壊からおよそ140年後の紀元前586年、今度は南のユダ王国がバビロニヤ帝国の手により陥落し、住民は捕囚としてバビロン(現在のイラク)に連れ去れます。50年後、南朝ユダ2氏族の一部は再びエルサレムに帰還したといわれていますが、一部はアジアを目指し、中国大陸で繁栄した後、託された預言に従い、失われた北朝10氏族を探し求め、朝鮮半島を経由し、最終的に日本に移住し、定住したといわれています。

 

現代においても、イスラエル国ではアミシャブという組織を作り、失われた10氏族を探し求めており、各地の民族・少数民族を調べ、古代イスラエルの風習を多く残す日本においても調査を行っています。彼らが探し求めているのは、失われたイスラエルの三種の神器のようです。

 

そろそろ私たち日本人も大和の国に託された真意に目覚めるときがきたのかなと感じています。しかし、その真意とは、過去の預言や特定の国益や宗教や民族や物質に固執することではなく、対立を超えた宇宙意識で日常の平和を願い、地球全体を優しく包み込むように真性が切り開く希望あふれる未来を実現していくことにあるのでしょう。

 

ユダヤの物理学者アインシュタイン博士は、訪日時以下のメッセージを残したといいます。

 

「世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、 最後の戦いに疲れるときがくる。

その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主をあげねばならない。

この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き超えた、最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。

 

世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。

それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。

 

吾々は神に感謝する。

吾々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」。

 

戦後66年の節目

戦後66年の節目を迎え「敗戦のトラウマ」について記してみたいと思います。

最近の研究では、幼児期虐待の行動異常について、遺伝子(DNAそのものではなく、その発現パターン)が引き継がれ得ることがわかっています。現代を生きる子どもたちの問題の背景に「戦争」という集団レベルの暴力の因子が代々継承されていることを見る視点が必要だと感じています。

 

私たちの人生は、時に、不可避な衝撃的出来事により、激しく揺さぶられます。

天災、事故、戦争・・・極度のストレス状態に置かれた人は、その記憶と心を切り離すことでその状況を生き延びます。海馬に刻印されたトラウマは、細胞レベルでもエネルギーレベルでも転写され、子孫に引き継がれてしまうのです。当事者は、想起不能になった心の傷を徐々に思い出し、語り、当時の自分の置かれた状況を嘆き悲しみ、否定的な想念を手放すことで「トラウマ化された心の傷」を「傷ついて癒した過去体験(心の傷)」として脳の引き出しに整理することができます。

 

しかし、体験なしに親の世代のトラウマを引き継ぎ、暴力の連鎖を再現してしまうのが子どもたちです。私たちの世代は、まだ、親の通過した苦しみを親自身の葛藤をとおして知っているので想像の範囲にありますが、そのまた子どもたちにとってはとりつくしまがありません。大切な子どもたち、孫たち、希望あふれる未来のために、今、私たちが自分自身の心の内を語っていくことが本当に大切だと思っています。

 

戦争の悪夢を忘れたい思いの状態のまま、一切を語ることもなく、多くの方がこの世を去っています。

   

敗戦後、戦地から帰ってきた青年たちは大慌てで結婚し、想像を絶する非人間的な体験を抱えたまま、たくさんの子どもたちが生まれました。抑え込まれたトラウマは、再体験、麻痺・回避、過覚醒という症状をもたらします。

そんな家庭では、お父さんは度々悪夢にうなされていた、お酒を飲んで家族に暴力をふるっていたという話しを聞きます。無意識に戦う体勢を再体験したり、身近な家族と心の交流のできぬまま、働くこと(仕事)に過剰な関心を向け続けた人も多いと聞きます。戦後日本が遂げた奇跡的な経済復興の背後に、虚しさを埋めるように過覚醒の状態で働き続けた「仕事依存症」をみる専門家も多いのです。

 

あなたにとって戦争とはどのようなものですか?

生まれ育った家庭において、暴力が再現されていませんでしたか?

 

家族が実際に暴力に関わっていなくても、私たち日本人が体験した敗戦のショック自体が、大きなトラウマと言えるのではないでしょうか。

戦後、私たちが貪欲に追い求めてきた豊かさと、過剰な消費の陰には、日本人としての純粋な精神性への否定がありませんか?

 

神の国日本は神風が吹くと信仰し、不利な形勢にもかかわらず、多くの日本人が勝利を願い、信じ、祈り、お国のため、家族のためと命を顧みず純粋な魂を捧げました。

 

敗戦時、ご両親は、おじいちゃん、おばあちゃんは何歳でしたか?

家族は敗戦時に抱いた行き場のないやるせない感情を語ってきましたか?

語られてこなかったとしたら、あなたの心の奥には刺さったままの棘のようなトラウマが継承されているのです。

 

私たちに今できることは何でしょうか。

自分の問題として語り始めてみませんか?

 

 

敗戦のトラウマ

PTSD(Post-traumatic stress disorder)は、突然の衝撃的出来事を経験することによって生じる、特徴的な精神障害のことを言います。PTSDの主要症状は再体験(想起)、回避、過覚醒(闘争と逃走の神経といわれる交感神経系の亢進が続いている状態)の三つです。前回も述べましたが、戦地から帰還したお父さんを持つ家庭では、度々悪夢にうなされていた(再体験)、お酒を飲んで家族に暴力をふるっていた(再体験)、身近な家族と心の交流のできぬまま(回避)、仕事に過剰な関心を向け続けていた(過覚醒)父親が多かったと聞きます。 

 

もっと大きな規模でも、敗戦のトラウマを原因とする障害の長く続いている状態はPTSDと言えるのではないでしょうか。日本人にとっての敗戦は、トラウマそのものでした。私が生まれてこのかた思い出す限り、私たち日本人は、トラウマ(心の傷)と直面することを回避し、根底の部分を忘れ、極端な日本文化の過少評価、否認(欧米化、無神論化)を行ってきました。戦後の経済復興と欧米化は、米指導の帰結である半面、敗戦トラウマ回避の反動を動機としていたように思います。

 

米英では、第一次大戦後、勇敢だった兵士たちが、金切り声ですすり泣いたり、金縛りで動けなくなり、感情麻痺、健忘状態となった症状から、れっきとした精神障害であると人道的治療を進め、ベトナム帰還兵の治療経過を通して社会的認知を得ました。

 

他の先進諸国は戦争トラウマに取り組んでいるのに、なぜ、日本には未だそれがないのか考えると、66年という時間のサイクルが私たちには必要だったという視点に達します。

 

トラウマの回復段階でみると、再体験(想起)、回避、過覚醒の段階をとおり超すと、次に再考、新たな適応の段階を向かえます。この二つの段階では、落ちついた安全な状態で心の傷を徐々に思い出し、語り、当時の状況を嘆き悲しみ、涙とともに否定的な想念を洗い流すことで「トラウマ化された心の傷」を「傷ついて癒した過去体験(心の傷)」として脳の引き出しに整理することができます。

 

再考の段階まで至るのに必要な時間軸が、私たちには66年の長さだったと思うのです。

 

残念ながら既に三世代にわたり、第二次世界大戦のトラウマを継承してしまっているわけですが、世代を限らず、意識を向けると、気の遠くなるような過去の争いのトラウマに意識が遡ることができるように感じています。

 

今だからこそ、気づいた宇宙意識に立つ私たち親世代が、自分たちにできるところから取り組み、意識できる限りの歴史的な争いのトラウマを超えていけるのではないでしょうか。

 

不動心で

11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源とする大地震がありました。

 

心痛みます。

 

焦ったり、不安にかられたり、感情がゆさぶられたりするのは当然です。

何も考えられなくなったり、感情が麻痺してしまったような感じになるのも当然です。

こんなときは誰でも闘争と逃走の神経といわれる交感神経が高ぶった状態になります。

 

身の安全を確保して、不安や怖れを手放し、理性あり責任ある行動を保ち、

あせらず、不動心で、勇気をもって、余裕があればゆっくり深呼吸を続けて・・・

 

余震は続いています。

 

自分に、家族に言い聞かして、頑張りましょう。

みんなつながっています。

不動心で。

 

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祈り

東北地方太平洋沖地震・津波で犠牲になられた皆様に心から哀悼の意を表します。

失われた数多くの尊い命のご冥福を心からお祈りし、被災者の方々が一刻も早く心の平安を取り戻すことができますようお祈り申し上げます。

 

人間性の復興

この度の未曽有の災害体験をとおして、私たち人間は自然の前に無力であることに多くの方が気づかれたのではないでしょうか。私たちは母なる地球にはぐくまれながら共存していることへの感謝と認識を新たにし、今こそ自然との調和、自然回帰、人間性の回復とは何かを誰もが一人から真剣に考える機会が訪れています。

 

人間性の回復とは、母なる地球を生きた生命体と認識する視点から見つめ直していくことから始まります。水と空気と光は、自然界から与えられた地球上の生命への恵みであり、生命はぐくむ源です。
これらが汚染されることが環境破壊の始まりであり、マザーグレースでは、様々な環境問題の原因は天災ではなく、人間性の欠落、モラルの低下が引き起こした人災であるという視点から環境問題を扱っています。

 

技術への過信、経済的合理性追求への偏重、縦割化されそれぞれ想定内の範囲しか責任を持たない者たちの仕組み、原発事故が引き起こした深刻な諸問題に直面し、心痛めている私たちでありますが、今こそ見失ってしまった本質に気づき、一丸となって軌道修正できる好機でもあります。

 

地球は有限なのです。

これ以上自然界にない物質を用い、母なる地球を汚すのは止めましょう。

汚染されてしまった水、空気、土の叫びが聞こえませんか?

 

はぐくみの母体地球の懐にもどりましょう。

 

お母さん、お父さん、私を生んでくださり、ありがとうございました。

あたたかな両親のはぐくみの懐から放れ、穢してしまった意識に自分も加担し、消費経済を謳歌してきました。

 

生まれ育った原点にもどり、自分の心の内側から復興を願っていきたいと思います。

 

 



私たちは何を復興したいのでしょうか

この度の未曽有の大震災は、私たちの集合意識に「復興ナショナリズム」という現象をもたらしました。でも、ちょっと待って。私たちの多くが抱いている「あの焼け野原から立ち上がったのだから、今こそ再び奇跡的な経済復興を遂げるのだ」という熱い思いこそが「過覚醒」の状態だとは思いませんか?ゆっくり時間をかけ、立ち止まって考えてみましょうよ。

 

トラウマの回復段階でみると、再体験(想起)、回避、過覚醒の段階をとおり超すと、次に再考、新たな適応の段階を向かえます。3月10日のブログでも記したのですが、戦争のトラウマから回復し、再考の段階まで至るのに私たちに必要な時間軸は、66年という気の遠くなるような長さでした。残念ながら私たちの多くは「敗戦のトラウマからの回復」において再考、新たな適応の段階を確立する間もなく、今回再び大震災というトラウマ に遭遇しています。これほどの大きな体験ですから、意識の切り替えには想像以上に長い時間が必要なのだという基本的認識に立ち戻ってみませんか。

 

トラウマ反応とは、本来、苦境を生き延びるための手段であり、それ自体、レジリエンス(危機耐性)の表れといえます。危機状況において、人は、感情を麻痺させることで冷静にサバイバルのための行動を取り、過覚醒状態によって、平常以上の力を発揮して身を守ることが可能になるのです。私たちは今再び危機に適応して、見事にレジリエンスを高めていることに違いはありません。

 

だからこそ、立ち止まって考えてみませんか。

 

お金も利害関係も生きていくための大切な風土ですが、大自然の風や土が汚されてしまったとき、何の役にも立たないのです。大自然の風や土を汚してしまったのが、当初は生き延びるための手段であった「人類の行き過ぎた過覚醒状態」ではなかったでしょうか。

  

私たちが真に感動し、取り戻し、互いに支えとなっているのは心の豊かさであり、心の絆なのではないでしょうか。

よりよい未来をはぐくむために何より優先する新たな適応は、「人間性の復興」なのです。

 

 それは、あなたがそっと手をおく胸の奥に灯る「心のともしび」なのです。

 

「戦後」からの復興

 

「責任の無い自由は無い」

 

戦勝国によって洗脳され、依存した状態のまま、恐怖によってコントロールされている政治家も、官僚も、電力幹部も、どこを切っても同じ旗を担いだ金太郎飴の兵隊さんでしかありません。

 

今や、多くの人が気づき始めています。

311の大震災は、「戦後」という時代の終焉を表わすエポックとして語り継がれることとなるでしょう。

 

精神のよりどころを失い、歴史の解釈を奪われ、経済的豊かさと引き換えに、私たちが、忘れ、見失ってきた人間性を取り戻しましょう。

わたしたちひとり一人が「自分の頭」でしっかりと考え、「自分の足」でしっかりと立ち、自分の身の周りのことに自分で責任を持ちましょう。

 

ひとりからはじまる人おこし=「人間性の復興」

 

はじめましょう。

 

未来をはぐくむ責任意識

 「人間性の復興」とは、「無」とか「空」に近いものです。

 

怒りや批判を外に向けていては、原点に戻り、人間性を回復することはできないのです。

対立の芽は自分の内側にあります。

回復するとは自分が原点に回帰することに責任を持つことです。

 

大自然の息吹に触れ、生かされていることに感謝し、他を思いやり、おだやかな意識を発信していきましょう。

 

全体の集合意識がやさしく地球を包み込んでいくようにイメージして。

 

 

原点回帰

生まれたばかりの赤ちゃんを抱くお母さんが、「まま、おっぱい・・・」乳飲み子の欲するまま一体化して満たし、満たされるように、人間性(母性)の復興とは、無自覚かつ無意識、自発的に真性(親性)が蘇る状態のことを言います。

 

自我=ゼロの原点に自然回帰し、生命の息吹と調和した状態。

「過覚醒から超覚醒へ」、新たなパラダイム適応の一歩とは、原点回帰からスタートするのです。

 

学びのとき

私たちが、原子力(核)をめぐるさまざまな事象に対して、考えたくもなかったり「回避」、挑戦的であったり「過覚醒」するのは、私たちの心の状態が、過去の傷(心に刻まれた戦いのトラウマ)を乗り越えるところまで成長していないからなのです。

 

今、「再考」、「新たな適応」の好機が訪れています。

 

与えられた試練を恵みと受け取り、真性に導かれるまま、学びを深めて行きましょう。

 

未来を担う子どもたちのために今できること

 

今や草の根では、集合意識が、大きなうねりとなって、平和を維持する方向へ向かっているのに、未だに旧態依然とした体制は自ら変わることを潔しとしません。

 

以前も書きましたが、これには要因がいくつかあります。

 

ひとつには、多くの国民が原発に「大丈夫」と言っているかのような現実は、先の大戦で国民的に陥ったPTSDからおきています。 私たちの多くは、先の大戦で核による突然の壊滅的な被害という歴史的、衝撃的出来事を経験した障害から、強い感情が沸き起こりにくくなっているのです。

 

ふたつには、私たちは、前提条件付の平和という幻想に酔ったまま、私たちの「忍耐」の源が「家族への思いやり」にある社会に穏やかに暮らしていたいのです。ある意味特殊な箱庭の中で守られたまま身近な家族を思う心の中には、精神的な幼さと同時に 平和を願う純粋さ、素直さ、一途さが同居しています。私たちが成長して、母なる地球、父なる太陽と調和した宇宙意識に目覚めると、家族の単位がぐっと広がり、宇宙的な規模に変わりますが、 そのときにこそ、もって生まれ、大切にはぐくまれた純粋さ、素直さ、一途さが大きな機動力となるのです。

 

3つ目は「怖れ」という感情からです。

 

責任のある立場の人たちが決して向き合うことのできない感情が、実は幼稚な内面の「怖れ」であることを理解しましょう。

  

私たちの人生は、時に不可避な衝撃的出来事により、激しく揺さぶられます。

天災、事故、戦争・・・極度のストレス状態に置かれた人は、その記憶と心を切り離すことでその状況を生きのびます。

 

責任のある立場の人ほど、かつて(遺伝子レベルでの過去を含みます)下した誤った決断が引き起こした決定的なダメージから、心を切り離し、現実を直視せず、責任転嫁することで現状を維持しようとするのです。

 

このことが、東西・南北の対立を招いた主因であるという単純なことに私たちが気づけば、未来を担う子どもたちに残す禍根の連鎖をくい止めることができるのです。

 

気づいたひとりから、未来を担う子どもたちの笑顔を守っていきましょう。

 

 

 

「超覚醒」・新たなパラダイムの起動

ときに私たちは全然大丈夫じゃない状況にも拘わらず、微笑んで「大丈夫」といいます。

 

人が過酷な状況に直面し、その状況を生き延びるために「回避」という手段を獲得すると、感情が鈍麻し、怒りや悲しみなどの生き生きとした感情が感じられなくなります。 PTSD(突然の衝撃的出来事を経験することによって生じる、特徴的な精神障害)にある人は再び大変な状況に遭遇しても、微笑んで「大丈夫」というのです。

 

そんな子どもが親になると、そのまた子どもたちは、親が「大丈夫」と言っている状況は本来は大丈夫ではないのだが、そういうことにしておかないと、大切な親(自分自身が)壊れてしまうのではないかという不安を学習しながら育ちあがります。 

「大丈夫」の連鎖は、「家族への思いやり」を基調とし親から子へと継承され、続いていくのです、

 

 同じ敗戦国である、ドイツもイタリアもいち早く国ぐるみで脱原発を決定したのに、何故多くの日本人は、原発事故で大変な思いをしながらも、感情を表に出さず、じっと耐えているように見えるのか、欧米諸国の人たちにとって不思議に見えるようです。 

 

 ひとつには、多くの国民が原発に「大丈夫」と言っているかのような現実は、先の大戦で国民的に陥ったPTSDからおきています。 私たちの多くは、核による突然の壊滅的な被害という歴史的、衝撃的出来事を経験した障害から、強い感情が沸き起こりにくくなっているのです。

 

ふたつには、私たちは、前提条件付の平和という幻想に酔ったまま、私たちの「忍耐」の源が「家族への思いやり」にある社会に穏やかに暮らしていたいのです。ある意味特殊な箱庭の中で守られたまま身近な家族を思う心の中には、精神的な幼さと同時に 平和を願う純粋さ、素直さ、一途さが同居しています。私たちが成長して、母なる地球、父なる太陽と調和した宇宙意識に目覚めると、家族の単位がぐっと広がり、宇宙的な規模に変わりますが、 そのときにこそ、もって生まれ、大切にはぐくまれた純粋さ、素直さ、一途さが大きな機動力となるのです。

 

今回の原発事故に起因する放射能汚染は、全世界規模に拡大しています。

 

原発事故で、家族や友人や地域が壊滅的な被害を受けた人々だけの問題ではありません。たとえ今自分の家族や友人や地域が大丈夫であっても、今のままでは未来の子どもたちは、国土は、地球は大丈夫ではないのです。

 

気づいたものから、私たち一人ひとりにとってかけがえのない大切な家族を守りましょう。

 

先の大戦の敗戦国民だから、そして唯一の原爆による被爆国民だからこそ、世界初、日本発の超意識による「脱原発(核)・脱対立」の集合意識が起動するときを迎えているのです。

核にまつわる感情鈍磨も、大いなる家族にはぐくまれ、集い、超意識という感情に到達するためのプロセスに他なりません。

 

今、一人ひとりに、先の大戦で陥った「一億総過覚醒」の対立意識を自省し、「回避」からも感情鈍磨からもしなやかに回復し、「超覚醒」へと成長を遂げて行く絶好の機会が訪れています。

 

たとえ、たったひとりからでも、怖れず声をあげていきましょう。

一人ひとりの内側から静かな意識革命の基点を起こしていきましょう。

 

「Let each one of us BE THE CHANGE from Japan」