私たちは何を復興したいのでしょうか

この度の未曽有の大震災は、私たちの集合意識に「復興ナショナリズム」という現象をもたらしました。でも、ちょっと待って。私たちの多くが抱いている「あの焼け野原から立ち上がったのだから、今こそ再び奇跡的な経済復興を遂げるのだ」という熱い思いこそが「過覚醒」の状態だとは思いませんか?ゆっくり時間をかけ、立ち止まって考えてみましょうよ。

 

トラウマの回復段階でみると、再体験(想起)、回避、過覚醒の段階をとおり超すと、次に再考、新たな適応の段階を向かえます。3月10日のブログでも記したのですが、戦争のトラウマから回復し、再考の段階まで至るのに私たちに必要な時間軸は、66年という気の遠くなるような長さでした。残念ながら私たちの多くは「敗戦のトラウマからの回復」において再考、新たな適応の段階を確立する間もなく、今回再び大震災というトラウマ に遭遇しています。これほどの大きな体験ですから、意識の切り替えには想像以上に長い時間が必要なのだという基本的認識に立ち戻ってみませんか。

 

トラウマ反応とは、本来、苦境を生き延びるための手段であり、それ自体、レジリエンス(危機耐性)の表れといえます。危機状況において、人は、感情を麻痺させることで冷静にサバイバルのための行動を取り、過覚醒状態によって、平常以上の力を発揮して身を守ることが可能になるのです。私たちは今再び危機に適応して、見事にレジリエンスを高めていることに違いはありません。

 

だからこそ、立ち止まって考えてみませんか。

 

お金も利害関係も生きていくための大切な風土ですが、大自然の風や土が汚されてしまったとき、何の役にも立たないのです。大自然の風や土を汚してしまったのが、当初は生き延びるための手段であった「人類の行き過ぎた過覚醒状態」ではなかったでしょうか。

  

私たちが真に感動し、取り戻し、互いに支えとなっているのは心の豊かさであり、心の絆なのではないでしょうか。

よりよい未来をはぐくむために何より優先する新たな適応は、「人間性の復興」なのです。

 

 それは、あなたがそっと手をおく胸の奥に灯る「心のともしび」なのです。